
中尾勘悟(なかお かんご) プロフィール
1933年長崎県佐世保市生まれ。長崎大学卒業後、長崎県公立学校教員を32年間勤める。
1970年夏、長崎大学ヒンドゥークシュ登山隊に参加、食料と記録を担当、16mmフィルム映画撮影機を回す。翌1971年の長崎県展写真部門に「アッサラーム・マレイコム!」(アフガンの少女)を出展、読売新聞社賞を受賞。1972使刊『アフガニスタンの山と人』(長崎大学学士山岳会編)を分担執筆。
離島勤務の頃から自然とくらしを撮りはじめ、その後、諌早勤務になり、1972年以降は諌早湾と有明海の漁とくらしを撮り続けている。1989年、『中尾勘悟写真集:有明海の漁』(葦書房)を自費出版。同時に、IWAPROが製作した有明海の記録映画製作にも関わり、コーディネートと監修を担当、それ以後も4本の有明海記録映画に関わる。
1996年、FUKUOKA STYLE Vol.16『有明海大全』の編集に関わる。2000~2004年、日韓共同干潟調査の干潟文化班に参加、干潟と漁村のくらしを撮影。2008年の春と夏、WWFJapanが主催する「黄海エコリージョン支援プロジェクト」(パナソニック株式会社が支援)の視察団に同行、中国渤海湾沿岸、韓国インチョン周辺の漁村と干潟を撮影、「黄海多様な命のかがやき」写真展(WWFJapan、パナソニック株式会社が企画)を東京、北京、大阪、ソウルなどで開く。また、「有明海の漁とくらし」写真展を、東京、静岡、北九州、福岡、佐賀、武雄、鹿島などで開く。
2011年春、長崎県大村市から佐賀県鹿烏市へ移住。2018年9月、東京大学中島ホールで2018年「有明海の再生に向けた東京シンポジウム」の開催に合わせて写真展「有明海と諌早湾の今昔」を開く。有明海をテーマにした映像収録などのコーディネートもおこなうほか、『佐賀新聞』に写真コラム「有明海点描」を毎月掲載中
『有明海のウナギは語る 食と生態系の未来』より
干潟のある海 諫早湾1988 題字